みすみ“Smilie”ゆきこの
History of Tap vol. 12
Mr. Ernest Brownie Brown アーネスト・ブラウニー・ブラウン
今回は今年、2009年の8月21日に93歳で他界されたタップマスター、アーネスト・ブラウニー・ブラウンについてご紹介したいと思います。
ブラウニーは1916年4月25日、シカゴ生まれ。幼少の頃からストリートで踊り、タレントショーで優勝して、プロになってからのキャリアは80年を超えます。

12歳からボードヴィルショーに出演し、アメリカ中をツアーで回っていた彼は、1930年前半からチャールズ“クッキー”クックとコンビを組み、長い間、活躍しました。
1930年代から1940年代にかけては、ニューヨークのラジオ・シティ・ミュージックホール、コットンクラブ、ロキシー、ロンドンのパラディアム、パリのラテンカジノといったホールで主役を務め、デューク・エリントン、カウント・ベーシー、レナ・ホーンなどと共演し、ブロードウェイではミュージカル『Kiss me Kate』に出演。
コメディータッチでアクロバティック、しかもエネルギーみなぎるタップで観客を沸かせたこのコンビは、1970年代まで活動を続けました。
また彼は、ビル・ボージャングルの死後、彼の伝説を残そうと、コパセティックスの立ち上げに努めたオリジナルメンバーでもありました。

住み慣れたニューヨークを離れ、シカゴに戻ったのは1990年代のこと。晩年は親子以上に歳の離れた若きタップダンサー、レジオ“ザ・フーファー”マクローリンとペアを組み、アメリカ中のタップフェスティバルで伝統的な振付を教え続けました。
そして、2004年にはアメリカン・タップダンス・ファンデーションより『Hoofer Award』を受賞。ドキュメンタリー番組『Juba-Master of Tap』にも出演しています。
私がブラウニーとちゃんと話すことができたのは、2004年のNew York Tap Festivalの時でした。その年、コパセティックスとハニー・コールズをトリビュートするナンバーに出演させていただいたのですが、その時、客席にいたブラウニーを舞台に招き入れ、彼の歌に合わせてSwing!また、日本で言う“合いの手”のように歌ったりされていました。
彼はその時すでに80代後半というお歳で、歩く姿は足下がおぼつきませんでしたが、ラストの出演者全員でのシムシャムはしっかりと踊っていらっしゃいました。

また、私たちのリハーサルにもずっとつきあって下さり、椅子に座ってはいても足は一緒に動いていましたし、有名なコパセティックスのチェアダンス(椅子に座ってのタップ)のクラスも教えていました。
その次にお会いしたのは、2006年のChicago Tap Festivalの時。私が受け持っていたクラスの後に彼のクラスがあったので受けたのですが、アシスタントのレジオを従え、とにかくいつもニコニコしていて、とても幸せそうでした。
首をくるくる回すブラウニーの十八番とも言える得意技も、最後の最後まで舞台で見せてくれました。とにかく可愛らしいおじいちゃんでした。ご冥福をお祈りいたします。

以下のサイトで、彼の映像を見ることができます。ぜひご覧下さい。



