みすみ“Smilie”ゆきこの
History of Tap vol. 10
Mr.Leon Collins リオン・コリンズ
イリノイ州シカゴに生まれたリオン・コリンズは、幼い頃からタップに親しみ、プロフェッショナルとしてシカゴのナイトクラブにデビュー。17歳の時に拠点をデトロイトに移し、1960年代にタップが衰退するまで踊り続けました。
ブルースシンガーのティナ・ディクソンと結婚後はニューヨークに進出し、数々のショーに出演。1930年代から活躍していたジャズタップダンサーのベビー・ローレンスを尊敬し、今日のタップに深く影響を与えている伝説のタップダンサーのテディー・ヘイルと親交を温め、ステップを交換しあいました。
また、リオンは50年という自身の長いショービジネス・キャリアの中で、ビバップの創始者のひとりとしてジャズ史上の巨人に位置づけられているトランペッターのディジー・ガレスピーや、サックス奏者であり、スウィング時代に一世を風靡したビッグバンドのリーダーでもあったジミー・ランスフォード、同じくビックバンドのリーダーを務めていたトランペッターのアースカイン・ホーキンスなどと共演。
タップが衰退した時代には仕事を失い、2度の離婚を経験して、しばらくタップから離れましたが、1970年代にタップが復興の兆しを見せると再び教え始めました。
1976年には”First Lady of Jazz”と呼ばれたジャズシンガーのマエ・アーネットとともに、ボストンに『Star Steps Studio』を開き、1982年にはブルックリンにスタジオを移転。

リオンは”ビバップフーファー”という異名をとるほど、ジャズとビバップで踊るタップダンサーとして広く知られていました。クリアーでクリーンな音、情感豊かなメロディーラインを思わせるタップが彼の魅力。晩年はクラシック音楽との融合にも力を入れ、クラシック出身のジョアン・ヒルが奏でるバッハの曲に乗せて、華麗かつ優雅に舞い踊りました。
代表作は『Flight of the Bumblebee』と『Begin the Beguine』。リオン亡き後に公開されたリオンのドキュメンタリー映画『Songs Unwritten』の中で、この2つの作品を見ることが出来ます。
また、リオンはオリジナル・ルーティンをたくさん遺しています。

それぞれのルーティンは、ジョアンによりタップ譜に書き留められ、その素晴らしい作品は、現在はマサチューセッツ州にスタジオを構えているパメラ・ラフや、そのエレガントな音色と動きから”Lady Di“と呼ばれ、たくさんの人にその存在を知られるダイアン・ウォーカーなど、彼の愛弟子たちの手によって大切に伝えられています。
私たちはもうリオンのパフォーマンスを目にすることは出来ませんが、5月に行われるTOKYO INTERNATIONAL TAP FESTIVALにあたって、講師・パフォーマーとして来日するダイアン・ウォーカーを通してリオンに出会うことが出来ます。

リオンが亡くなる時、「あとは頼むよ」と彼自身からその後を託されたというダイアン。そのエレガントな音色と動きから”Lady Di“と呼ばれ、たくさんのタップダンサーに敬愛されている彼女から、私もたくさんのことを学びました。
ダイアンは言っています。「リオンはタップダンサーとしての私に、すべての基本を教えてくれました。踊り始めの大切さ、ビジネス、衣裳、表現すること…そのすべてをリオンが教えてくれたのです」と。
ひとつのルーティンを1年かけて身体に入れたら、そのすべてを左右逆で踊る。それもマスターしたら、終わりから頭までを1フレーズずつ逆に踊ってみる。それがリオン流のメソッド。ステップはもちろんのこと、タイム、フレーズ、コーラス、フィール…とタップダンサーに必要な音楽的知識を、リオンはルーティンを通して教えていたそうです。

リオンのオリジナル・ルーティンのタップ譜は、TOKYO INTERNATIONAL TAP FESTIVALのワークショップ会場となるARTN TAP DANCE STUDIOにも掲示してありますので、ワークショップやレッスンの際にぜひご覧になってみて下さい。
●TOKYO INTERNATIONAL TAP FESTIVAL オフィシャルWEBサイト
http://www.basement-tokyo.com/titf/



