Special Interview vol. 12
2008年夏、スタートした『かわさきタップフェスティバル』。
タップダンサーとしての豊富な経験を元に、フェスティバルをプロデュース。
これまでになかったさまざまな試みで、
観客も出演者も楽しめるタップフェスティバルを目指す藤川さんに
フェスティバルを立ち上げた経緯、今回の見どころなどをうかがいました。
●M’S TAP FACTORY オフィシャルWEBサイト
★まず、タップを始めたきっかけから。
中学生の頃、真田広之さんに憧れていて、真田さんみたいになりたいなーと思っていて。それが最初のきっかけですね。
★でも、真田広之さんは俳優さんですよね。タップとはどういうつながりが?
当時、真田さんはアクションスターとして人気だったんですよ。それで、真田さんが当時所属していたJAC(ジャパンアクションクラブ)に入りたいと思ったんです。

そしたら、その頃、テレビのかくし芸大会でビートたけしさんがたけし軍団の方たちとタップを踏んでいるのをたまたま見て、それまではタップに全然興味はなかったんですけど、これなら僕にも出来るんじゃないかなと。
でも、タップどころかダンスも全然やったことなかったんで、友達に「どこかタップ習えるところ知らない?」って聞いたら、「電車から見えるところにあるじゃん」って言われまして。それが、牛丸謙先生のスタジオだったんですけど、「そんなところがあるんだー」と見学に行って、そのまま習い始めました。
そしたら、偶然そこにJACのメンバーが習いに来ていて、その人が出ている舞台に連れて行ってもらうことが出来たんです。志穂美悦子さんみたいな大スターにも会わせてもらって、サインもらって、ますます「よし!JACに入るぞ!」と思うようになって。オーディションを受けて養成所に入ったのが高校1年の時でした。もう25年くらい前の話です。
★実際に養成所に入ってみて、いかがでしたか?
当時、JACはすごい人気でしたから、同期は200人くらいいて、それこそ「体操やってました!」っていう人だらけで、そんな中、僕はでんぐり返ししかできない状態で(笑)。だから、アクションで太刀打ちしようとしてもこれは全然無理だなと。
でも、ジャズダンスやバレエはほとんどの人が初めてだったんですね。なので、そっちを頑張ったら、平均すると成績は上の方になって、最終的には「JACに残るか?」と言ってもらえるくらいになれたんです。その時点で、200人いた同期が50人くらいになってましたね。キツいから、とか、向いてないから、とかいう理由で辞める人も多かったんで。
★で、結局、JACに残った?
いえ、その時点でタップをやって行こうと決めてたんで、養成所を卒業した高2の3月でJACからは離れて、高3の1年間はタップ1本に絞って、高校卒業と同時にインストラクターの仕事を始めました。最初は代講の仕事をもらいながら、自分でもいろいろなスタジオに売り込みに行って、だんだん教えられる場所を増やして行ったという感じですね。
★その後、インストラクターとして活動しながら、そしてパフォーマーとしてもライブやイベントで活躍されて20年余り。かわさきタップフェスティバルを立ち上げられたのが去年8月でした。そのきっかけは何だったんでしょうか?

さらに、最近では同じ日本からSUJIクンやRON×ll、アメリカからデリック(Derick K. Grant)など、いろんな意味で実績のある人たちが招かれるようになって、じゃあオマエは何をしてるんだと聞かれた時に「何もないじゃん」って思ったわけです。
毎年フェスティバルも盛んになって行くし、日本を見習おうっていう意味で呼んでもらっているのに、日本にはまだ、タップフェスティバル的なものがなかったし。じゃあ、やってみるかと。
それなら出来ること全部やっちゃおうということで、ワークショップとタップコンサートの2本立てにして、タップコンサートも1部がコンテスト、2部がユニットパフォーマンス、3部がソロパフォーマンスという形になりました。どうせやるなら、今までなかったものを全部やりたかったんで。
★その結果、第1回の去年、タップコンサートは全部で約5時間という見応えのあるステージになりました。
長くなっちゃったというより、元々、長くしたいとは思ってたんですよ。本当はもっと長い時間やっていて、お客様が何時に来ても何か観ていただけるものにしたかったし、さらに屋台も出てる、みたいな、まさに”フェスティバル“という言葉そのままのお祭りみたいなものにしたいなという夢があったんで。
最初はクラブチッタのようなオールスタンディングもいいかなと思ったんですけど、お客様も長時間立ちっぱなしでは辛いので劇場にしたんです。で、無謀でもいいから大きなことをしないと、と思って会場も広いところに決めました。
★川崎での開催となったのは?
僕自身が川崎市で生まれ育ったんで、地元でやりたいと思ったんです。川崎って南北に細長くて、多摩川渡ったら東京なんですけど、川崎市民なんだという地元意識はずっと持っていましたから。
ワークショップ会場になっているJDSというスタジオの先生たちにも川崎育ちの方が多くて、スタジオ自体も地元に貢献して行こうと言うことで川崎市と組んでいろいろやってますし。
将来のことも考えて市や国にも地道に働きかけて行こうと思って、川崎市の文化協会に入って顔を出したりもしています。そうすれば普段タップとの接点のない一般の方々にも情報が伝わって、輪が広がって行くんじゃないかと思うので。文化協会には第1回目から後援という形で関わっていただいてますが、タップコンサートを観に来て下さいましたし、いろいろ考えて下さっているようで有り難く思っています。
★タップのコンテストというのも、これまで日本ではほとんどなかった試みですよね。
実は、2003年に1度、東京でコンテストをやったことがあったんですよ。そこで優勝させていただいたのが僕なんですが、それも1回だけで終わってしまいましたしね。

★コンテストを開催することで、レベルを上げて行きたいという思いもありますか?
そうですね。確かにそれもありますけど、コンテストを通じて輪が広がればという気持ちも強いです。
実際、子供たちの場合、スタジオ以外のところで出会って一緒に振りを作ってライブに出たり、コンテストも一緒に頑張ろうねと励まし合ったり、そういう動きも出てきていますし、去年コンテストに出た子の友達が話を聞いて、「じゃあ、次は自分も」って出場を決めたという話も耳に入っています。
かわさきタップフェスティバルも皆さんの出会いの場になって、タップの輪がどんどん広がるきっかけづくりが出来たらいいなと思っています。
あと、普通の舞台をやるよりも、コンテストの方が企業も巻き込んでお金を動かして行けるんじゃないかという狙いもあります。出場者の方にとっても1位になれば肩書きが出来るわけで、そうすればただ何かの舞台に出ました、というよりも今後につながるメリットをあげられるかもしれない、なんてことも考えています。
★コンテストの形式は去年と同じですか?
はい。審査員だけでなく観客の方々にも投票していただくという形も、去年とまったく同じです。観客も投票するっていうスタイルが面白いらしくて、皆さん、かなり真剣に見てるんですよね。去年も、タップコンサートが終わってから皆さん、それぞれに感想を聞かせて下さったんですけど、そのほとんどが1部のコンテストについてなんですよ。「あの人のあれがよかった」とか、「私は誰に投票したんですよ」とか。当然、お客さん同士もそういう話題で盛り上がっていると思うので、それがまた面白いんじゃないかなーと。
★今年の見どころは?
2部には何組か去年と同じ団体も参加して下さっていますが、3部の出演者はすべて昨年と入れ替えました。ソロで踊るとなるとどうしても人数が限られてしまいますよね。10個枠があったとして、10人のグループなら100人出てもらえるけれど、ソロだと10人しか出られませんから、やっぱり出来るだけたくさんの人にかわさきタップフェスに参加してもらいたいと思って。かといって、その中の何人かだけ入れ替えさせていただくわけにも行かないんで、だったらもうキッパリ全員入れ替えさせていただこうということで。
3部には、ブロードウェイミュージカル『Bring in ‘da Noise, Bring in ‘da Funk』のオリジナルキャストで主役を務めたこともあるバッカーリー・ワイルダーや、去年も出演してくれた車椅子のタップダンサー・福井聖子さんもソロパフォーマンスを披露してくれます。
★福井聖子さんは、藤川さんの教え子でいらっしゃるんですよね。どんないきさつでタップを指導することになったんですか?
聖子ちゃんは元・光ゲンジの諸星和己クンの大ファンなんですよ。で、彼女が暮らしている施設の職員さんにタップをやっている人がいたので、その職員さんに「諸星クンもタップやるんだよ」とディナーショーで諸星クンがタップを踏んでいるビデオを見せたらしいんですね。そしたらそのディナーショーにたまたま僕が出演していて、その職員さんが「私、この人、知ってるよ」ということになって。それで聖子ちゃんが僕に、タップを習いたいんですというメールをくれたんです。それでレッスンを始めたんですけど、もう6年くらいになりますね。
★いつもはどこでレッスンなさってるんですか?

★レッスンはどんな風に進めていらっしゃるんしょう。
聖子ちゃんは脳性マヒで体の自由がきかないんですけど、頭はすごくいいんですよ。だから、ごく普通にレッスンしてます。
ただ、基本的にシャッフルやフラップは出来ないんで、全部足踏みですし、ゆっくり過ぎても、逆に早過ぎても出来ないんで、振付としては簡単なリズムの繰り返しとかになってしまうんですけど。でも、一番初めの頃から比べたら、かなり出来るようになりました。
聖子ちゃんが用意するのは全部諸星くんの曲なんです(笑)。その諸星くんの曲に対して、どういうリズムを踏もうかっていうところで、楽しみながらやってます。聖子ちゃんの夢は、諸星クンと一緒にタップを踊ることなんですよ。
★障がい者の方を教えたのは初めてですか?
聖子ちゃんが2人目です。1人目は、耳が聞こえない方でした。普段は手話で話してる人なんですけど、タップは音を感じられるから踊れるって言って、スタジオに習いにいらっしゃったんです。10年くらい前ですね。
★耳が聞こえない方にタップを教えることに不安はなかったんでしょうか。
何のダンスでも同じですけど、僕は、タップって出来ない人は絶対いないと思ってるんですよ。タップシューズを履いて、音鳴らして歩いただけで、もうそれはリズムじゃないですか。だからそれがタップなんだよっていう意識で。だから、全然抵抗もなかったですし、とにかくやってみましょうと言いました。
★どうやってリズムを伝えたんですか?
耳が聞こえないだけで足は動くので、横で一緒にやりながら背中を叩いてリズムを伝えて、振りの流れは目で見て覚えてもらう、っていう感じでしたね。「せーのドン!」って揃えるのは難しいんですけど、テンポキープの練習はしてもらいました。
その人とは一緒に舞台にも立ったんですよ。曲に合わせるのは難しいので、アカペラで。一度舞台に立つところまで行けたことで満足されたのか、それからレッスンにはいらっしゃらなくなってしまいましたけど、僕にとっても大変貴重な経験になりました。
★素晴らしいお仕事ですよね。
いえいえ。逆に僕の方が元気をもらってます。僕なんか、五体満足で、いっぱい出来ることがあるのに悩んでる場合じゃないだろうって。
聖子ちゃん、普通にマックとかにも車いすに乗って1人で行くんですよ。で、頼む前に「私ひとりで食べられないんですけど、食べさせてもらえますか」って聞いて、「私、今日お昼はマックを食べましたー」ってうれしそうに話してくれるんです。ほんとに1人でいろんなところに行くし、駅員さんと仲良くなって、かわさきタップフェスのチケット売ったり、地道にちゃんと努力もしてて。
実は、ウチの下の子もダウン症なんですけど、普通の子以上にとにかく一生懸命だなーって思いますし、障がいを持ってる人たちの方がむしろ一生懸命やっているっていう姿に励まされることの方が多いです。本当にタップがやりたいんだっていうパワーがすごく伝わって来るので。
僕も長年タップ続けているうちについ一生懸命取り組むことの大切さを忘れてしまって、中途半端な気持ちで舞台に乗ることも時にはあるような気もするし、知らず知らずこなし作業になってしまっている自分に気づいて、これじゃいけない、もっと頑張らないとって思います。
★聖子さんにとっても、タップの存在は大きいのではと思います。
そうですね。実は、おととし彼女のお父さんが亡くなってしまって…。聖子ちゃん自身は聡明で、人間的にもすごく魅力があるのに、障がいがあるために働くことは難しいから、だんだん生きて行くすべがなくなってしまうというのが現実なんですね。
でも、タップがあるから心の支えにもなっているでしょうし、去年、かわさきタップフェスに出た後は、講演の話も来るようになって、この間もある大きな病院で看護師さん相手に講演をして、タップを踊って、講演料がもらえたり。今までは働けないと思っていたけど、一生懸命続けて来たタップが多少なりとも仕事になって、収入につながれば、これから先も自信になると思うんです。

聖子ちゃんがタップをする姿は、障がいを持つ方や、障がいを持つお子さんのご家族にとっても大きな励みになりますしね。
収入がどうのという話ではなくて、「自分にも出来るかもしれない」「ウチの子にも出来るかもしれない」って。障がいのない方でもタップって難しいと思っているのに、障がいがあっても一生懸命取り組んでいる姿には誰しも心を打たれるんじゃないかと思います。
★本当にそうですね。それでは最後に…藤川さん自身がこの先、こうして行きたいというビジョンをお聞かせ願えますか?
結局のところ、自分で踊って行くのはこれからも趣味の範疇なんじゃないかと思うんです。自分の好きなように舞台で踊ることを楽しむというか表現をするのがタップだと思いますし、結局、そうやってやりたいことをやるのはあくまで趣味であって、お金にならないものなので。
上の子が今年で小学校終わりなので、自主公演的なものは少し押さえて行って、子供たちのためにもっと時間を取ってあげたいなというのもありますし。ちっちゃい時に共有する時間は大事だなと思うので。
でも、結局そうなってしまうのは、人前で踊ることが仕事として成立するケースが少ないからなんですよね。
今回は、縁あってバッカーリーにスペシャルゲストとして出ていただきますが、かわさきタップフェスが原則として日本人にこだわるのもそういうところなんです。日本人のタップダンサーが踊って、それが仕事として成り立ってゆく。日本にそういう場所を作りたいし、日本人に日本人を認めて欲しいという部分はすごくあります。
最終的には、”仕事“と呼べるレベルでお金を回せるようにしたいっていうことですね。
★そういう環境を、プロデューサー的な立場からサポートして行きたいということですか?
そうですね。僕自身も「タダ働きが好きですよね。なんでそんなにタダ働きしてるんですか」ってよく言われるんですけど、そこがよくないのかなーとも思うんです。タップダンスやってる方たちって、いい人が多いじゃないですか。だから「いいよ、踊らせてくれるんだったらお金はいいよ」ってなっちゃったりとか、ギャラについてはお互い最後の最後まで口に出さなかったり。だからこそいい部分もあるけれど、同時にそういうところが自分たちで自分たちの首を絞めちゃってるのかもしれないな、と。
だからかわさきタップフェスでは、プロとして出て下さる方については、ノルマはなし、ギャラはあります、という条件で、お仕事として関わっていただいています。金額の高い低いは、ある程度やむを得ずあるかもしれないですけど、そういうスタンスは守って行きたいなと思っています。
★皆さん、大なり小なり感じていても、なかなか実行に移せないことなのかもしれませんね。
僕は自分でまだスタジオを持ってないから、いろいろ動ける余裕も少しはあるんで、だからこそやらないといけないんじゃないかっていうのはありますね。もちろん、舞台に立ちたいという気持ちはあるんですけど、プロデュース的なことも楽しくなって来てますし、自分の立場にこだわりもないんで。
★具体的に、こんなことをしてみたいというプランはありますか?
かわさきタップフェスに関しては、いろいろなことに挑戦して行きたいですね。劇場でやっていても劇場という枠をはずして。そして、とにかくいろいろな方に参加していただいて、大いに楽しんでいただきたいと思っています。

まず参加して楽しむことが大事だと思うし、そこから楽しい輪が広がって行くのであって、参加している人にはさらにそこから先へと超えて行ってほしいなと。超えた時に始めて、一般の人が楽しめるものが生まれて来ると思うので。
楽しくやればいいじゃないっていうのは、たぶんそれはベテランの先生方でも同じだと思うんですよ。人間って楽しくないと踊りたくないですよね。まだダンスなんて習ったことのない小さい子供も、楽しい時には自然に笑顔で踊ってたりしますし。
で、そうやってみんなでタップを楽しんで行く中で、それが仕事として成り立ったら、もっと楽しいでしょ、って思うわけです。
昔、豪華客船の『飛鳥』に乗って、ディナーショーをやらせてもらったことがあるんですけど、それだけじゃなくて、約2週間のクルーズの中でカルチャーイベントとしてお客さんにも1週間タップを教えて、最後のショーで一曲踊りましょうっていう企画もあって、僕たちもお客さんと同じように客室に泊まらせてもらってご飯食べて…。立場を超えて、いろんな人がタップをもっと楽しんで行ける方向に変わって行けば、仕事になって行くんじゃないかと思うので。
★あくまで“楽しめる”ということが前提だと。
そうですね。ただ、楽しければ何でもアリかと言えば、そういうことでもないんです。そこが難しいところなんですけどね。
例えば、誰かが金額的に安請け合いをしてしまうと、結果的に自分たちの首を絞めてしまうことになりますから、そこはキャリア問わず、タップダンスで食べて行きたいと思っている者全員が意識して行かないといけないところだし、僕たちも後輩にしっかり教えて行かないといけないと思うんです。もっとマスターたちを大事にしようとか、日本で自分たちの道筋を作ってくれた先輩たちに敬意を表そうとか、そういうことも含めて。
まず、みんながいろんな垣根を外して集まって、楽しく踊ること、そしてその上でプロとして守って行かなければならないことはしっかりと守りながら、タップダンスをもっともっと盛り上げて行けるように、これからも出来ることを頑張って行きたいと思います。

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